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i'm an ex-neuroscientist as well as ex-top management consultant, with a particular focus on consumer marketing. my fundamental interest always lies around human perception, how we feel and capture the world. i like photo and any beautiful words that captured some aspects of truth. i am currently living in tokyo working as a strategic planning guy for an IT/media company. i used to live in connecticut to do my ph.d. and postdoctoral work at yale. i am married, with a daughter. hope i can find some good resonance at tumblr.

Archive

May
22nd
Wed
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May
19th
Sun
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『自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ』
May
6th
Mon
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実際のブログはアウトプットであると同時にインプットでもある。ブログを書くこと・ブログ記事をまとめることで、自分自身の思考が言語化されていく。いままで漫然と考えていたことを2000~4000字程度のブログ記事にまとめあげるだけでも、自分の思考内容は案外整理されて、デフラグをやっているかのようだ。
May
4th
Sat
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アメリカ社会には、「英語以外が話せない人の前で、英語以外の言語を話すことは無礼である」という、暗黙のルールがあります。これは職場のみならず、学校や社交の場にも当てはなることだと思います。
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「プロのスポーツ選手はみんなプライドが高い。だから助言といっても、聞く側も聞かれる側も、厚いオブラートに包んだ会話をすることになる。でも稲葉君なんかは、それをギリギリまで薄くして聞いてきてくれる。そうすると、こちらもひとつ奥まで踏み込んだ話ができるんです」
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May
3rd
Fri
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受取る「ありがとう」が欠乏すると、生きる張り合いが減っていくんじゃないでしょうか。そして、差し出す「ありがとう」がなくなると、不機嫌が増加していくような気もします。
Apr
30th
Tue
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・ぼくの若いころに、学生の間で、
 「消耗」ということばが流行っていた。
 人間が疲労して元気をなくしていくことを、
 機械に喩えて「消耗する」というわけだ。
 こころが磨り減るようなことをやっていても、
 「消耗したわぁ」と言う。
 
 そのころ若かったぼくは、
 この表現をかっこいいと思った。
 感情だとか、精神だとかのことを
 若いときには、ややこしいと思っていたから、
 無機的に「消耗」と言い切ってしまう先輩たちの表現を、
 さすがだなぁと感心したものだった。
 「なんつーの? 唯物的な?」  なにかうまくいかなくても、「消耗」した、とか。
 失恋しても、「消耗」した、と。
 金がなくても、「消耗」するなぁ、と。
 憎い敵に言いがかりをつけて、「消耗」させる、とか。
 ずいぶん簡便で、考え無しに使えることばになって、
 その「消耗」ということばそのものが、
 すっかり「消耗」させられて消えていった。
 
 なにかややこしいことを、ものすごく簡単にして、
 そのことばを発するだけで局面を転換させてしまう。
 そんなことばは、時代ごとにある。
 たまたま、ぼくは唯物的な「消耗」を思い出した。
 その後にも、こころの複雑でややこしい動きを、
 生理的な側面だけで切り取った、「切れる」だとか
 「むかつく」なんていうことばも耳にしたなぁ。
 
 「消耗」でも「切れる」でも「むかつく」でも、
 共通して言えるのは、思い続けたり考えを続けることを、
 止めさせてしまうということだ。
 こころなんてものがあるから、めんどくさい。
 みんなが、それで苦しんでじたばたしているのだが、
 人間を、機械や、生理だけの生物として見たら、
 すっきりと断定してしまえるのだ。
 どんなにすかっとしたくても、割り切っちゃだめだ。
 こころの面倒を、引き受けないと、いけないんだ。